「僕だけがいない街」実写映画ネタバレ感想 原作との相違点ほか

現在アニメ放送中の「僕だけがいない街」が藤原竜也さん主演で映画化されたので見てきました。

アニメ化の前より期待していた作品だったため、多くの人に評価されメディア展開までする人気が出たことは嬉しいです。
今回は実写映画のネタバレと原作の相違点について話していきたいと思います。




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※ 当記事には作品のネタバレが含まれますのでご注意ください。

僕だけがいない街とは

三部けいによる漫画作品で、2012年の7月号から2016年4月号まで『ヤングエース』にて連載されてました。

『マンガ大賞2014』で第2位を受賞する人気を得て、2016年1月よりテレビアニメが放送、3月に実写映画が公開。
どちらも現在進行形で見ることが出来ます。

原作の終了に合せてアニメを放送する作品は多いですが、まさに僕街もそのパターンですね。

 

以下、作品のあらすじ

事件や事故などの悪いことが起きる直前に、その原因となるものを対処しない限り何度もその場面にタイムスリップして繰り返し体験してしまう。

そんな特殊能力を持っている主人公・藤沼悟は、その能力のことを「再上映(リバイバル)」と呼び、自らの力に辟易としていた。

ピザ屋でアルバイトをする傍ら、売れない漫画家としてくすぶっている日々を過ごす悟。

彼は、18年前・小学5年生の時に同級生が連続誘拐殺人犯に殺害されたという過去が、今も心の奥に引っ掛かっていた。

 

ある日「再上映」の能力が原因で事故に遭った悟を心配して、母親が北海道の実家から尋ねてくる。

その際に元報道部のアナウンサーとして活躍していた母は、洞察力の高さから誘拐事件の現場を発見し、未遂に終わらせることに成功した。

そしてその誘拐を実行しようとしていた人物が、18年前の連続誘拐事件の真犯人なのではないかと調査を始めた矢先、悟のアパートで何者かに殺害されてしまう。

母親殺しの罪を着せられそうになった悟は警察の手から逃げる最中、母親を助けるため「再上映」を望む。

希望通り「再上映」は行われたものの、目を開けるとそこは18年前・昭和63年の世界だった。

 

やがて悟は、現代における母親殺しと18年前の誘拐事件が関係していることに気がつく。

18年前の誘拐事件を止めることが出来たなら、母親を助けることが出来るのではないか。

その思いを胸に母親を救うため、かつての後悔を消すために、悟は連続誘拐事件に立ち向かっていく。

 

詳しいあらすじは私よりもウィキペディアさんがよっぽど丁寧に解説していますので省略します。

原作もアニメも映画も根幹の部分は変わっていませんでした。




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実写映画と原作の相違点

実写映画はカイジやデスノートでおなじみの藤原竜也さん主演でした。

「この人が出る実写化は成功する」とも言われていますので期待していたわけですが、感想はさておき原作と実写の相違点をまとめてみました。

尺の関係上細かなところは端折ってありましたが、18年前にリバイバルをするまでの流れは大体原作通りでした。

広美くんの不在

一番気になった点ですね。

原作には広美くん、通称「ヒロミ」と呼ばれる悟の友人が出てきます。
女の子のように可愛らしい男の子で、同じグループの仲間でした。

 

しかし一度目の人生では連続誘拐殺人事件の3人目の被害者となってしまい、悟の心の傷の一つとなっています。

「再上映」の世界ではヒロミは助かり、もう一人の被害者になるはずだった女の子「雛月加代」と結婚して、子供も授かっています。

原作では重要な役割をしていた彼ですが、実写映画ではまったく登場しません。

友人グループは悟・ケンヤ・カズ・オサムの4人になっていますし、そもそも被害者である3人が「雛月加代」「中西彩」「杉田広子」にかわっていました。

ヒロミくん、本物の女の子になる!

 

尺の関係上ヒロミくんまで紹介出来なかったこともあるでしょう。

もしかすると「女の子みたいな男の子」というキャスティングを用意出来なかったのでは?とも考えてしまいます。

いずれにせよヒロミくんは実写映画から消されました。

それでも雛月は大人になって子供がいたのですが、一体誰の子なんだろう……と疑問に思ってしまいます。

 

雛月救出後の世界

実写映画は雛月を母親から離して児童相談所に預けるという点までは基本的に原作通りの流れとなっています。

そこから悟は第二・第三の被害者になるであろう中西彩と杉田広美も救おうと動きます。

 

しかし映画版ですと、残念ながら中西彩は行方不明になり、そこで初めて悟は誘拐犯を止めないと未来を変えられないことに気がつきます。

この後犯人である八代を突き止め、彼は街を出て行ったので恐らく映画の再上映後の世界はヒロミ……もとい広子は助かった可能性はありますが、中西彩は助かりませんでした。

そのためなんとなく釈然としない感は否めません。

 

現代に戻って

犯人を突き止めてからは完全に映画オリジナル展開となっていました。

原作では途中まで犯人が分からずに悟は行動していますが、映画ですと八代と分かった上で彼の車に乗っていたようで、まあ何とも不用心なことかと。

車に乗って冬の湖に落とされるところも、抱えて川に放り投げられる展開に変更。

 

とても気になった点は、原作ですと18年間意識不明の状態だったという設定が、映画では一番最初にバイクに乗っていて事故にあったところに飛んで戻ってきています。

しかも悟の記憶は消えていません。

橋から落ちたあとどうやって助かったの?

その後も悟は普通に生活していたの?

だとしたら八代が口封じに来たんじゃないの?

もう色々と疑問はありますが、すべては尺の関係上といったところなのでしょうか。

 

ラストについて

前半部分は丁寧に作っていたように思えますが、後半がやや駆け足でオリジナル展開の綻びが見えていたように感じます。

記憶があるため悟はかつての仲間・ケンヤと協力して八代を捕まえようと奔走します。

名前を西園に代えて以前幼児誘拐を繰り返していた八代ですが、悟の追及にあっさり自白。

ナイフで自殺しようとしたところを悟に止められ、もみ合っているうちに悟を切りつけてしまい駆けつけた警察に逮捕されるというあっけない最後でした。

 

そこから舞台は10年後の2016年に飛びますが、映し出されたのはまさかの悟のお墓でした。

八代ともみ合った際に付けられた傷が原因で、恐らく亡くなったのでしょう。

「僕だけがいない街」だけれど平和が訪れた。

ラストに悟の「ヒーロー感」がモノローグとして語られて終わるわけですが、ここは悪改変と言わざるを得ないですね。

 

この作品において悟は、過去の出来事が人生に大きな影を落としている青年でした。

故に対人関係、母親との関係がその時点を起点に少しずつ狂ってしまったのだと思います。

 

原作では最後に母・佐知子からの携帯が「母 携帯」と登録されていました。

1巻、つまり再上映前には「藤沼佐知子携帯」と登録してあったことと比較すると、過去の改変が母親との関係を大きく変えた結果だと考えられます。

このように悟は過去と向きあい過去を変えることで、未来の人間関係や自分自身の生き方を大きく変えていくこととなります。

この作品は最終的に悟がどう変わったかという点がとても重要であるはずなのに、その悟を死なせて終わりにしてしまった映画版のラストは、物語そのものの意味が変わってしまうように思えました。

 

確かに映画版でも、アイリと別れた橋での再開や、悟の漫画が順調であるという描写が出てきました。

ならばそのまま終わらせれば良かったのでは? と思えずにはいられません。

いずれにせよ悟をラストで死なせる必要性があったのか、映画内で明確な理由が出ていないため残念としか言えない終わり方でした。

全体的に見ると、原作に忠実に作られていたように思えます。

悟と雛月の幼少時代である中川翼くんや鈴木梨央ちゃんも良い演技をしていました。

キャスト等も特に問題は無く、中盤からの改変を除けば丁寧な実写化だと言えるでしょう。

 

個人的に気になったのはヒロミくんが居なかった点と、ラストの改変でしょうか。

あえて原作と違うラストにして、原作を読ませるという手法なのかもしれませんし、映画は映画と受け止めることにして今回の感想を締めたいと思います。

最終回を迎えていないアニメもオリジナルの展開に入りはじめました。

どのようなラストを見せてくれるのか、こちらも楽しみですね。

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